凍結。過去のレポ置場。 

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小説「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」

流行りものはなんとなく敬遠してしまうたちで、この本を手に取ったのもドラマ「東京タワー」が始まってからだった。
ドラマを見終わって、大筋を知ってしまってから、この本はつい最近までずっと枕もとに置いたままになってた。
だって、オカンがどう生きた人で、ボクがどれだけ自堕落で、オトンがいかに適当か、もうわかってたから。
本を読むのは子供のころから好きだったけど、インターネットを始めてからめっきり読む頻度が落ちた。単にネットのやりすぎで時間がなくなっただけなんだけど。

早く読めばよかった、とかは思わなかった。ドラマを見たあとでも、映画を見たあとでも、何の問題もなかった。
ただ、どうしても脳裏に浮かぶのは、

オカン=倍賞美津子
マー君=速水もこみち
オトン=泉谷しげる

だった。
そのおかげかわからないけどものすごく読みやすかったよ。
長そうなのでおりたたむ。

昔からここを読んでくださってる方とかはご存じでしょうが(笑)私は家族というか、両親にそれぞれヘンなトラウマみたいなのがある。
だから私情が挟まりまくりますが、そういうのしんどくない、なおかつおヒマな方どうぞw
思春期から20代前半くらいまでトラウマちっくなそれがひどくて、でも年を重ねるにつれてあまり考えなくても済むようになった。そんなヒマもなくなったといえばドライでかっこいいんだけど、実際は考えないことで回避するっていう生きる知恵なだけで、だから節目節目にやっぱり思い出してしまう。
今回もそうだった。
もしかしたら本当は、私みたいな家庭環境だったらこの話はあんまり響かないのかな?
不完全な家族というカタチは一緒だけど、決定的な違いがある。
それはオカンのキャラ。
だからたぶんみんなとは違う視点で読んでたような。

生きているうえでありうるか分からないスリリングなアクシデントも、映画みたいなドラマチックな恋愛劇もないこの本がめちゃくちゃ売れたのって、たいていの誰しもの身の上にいつか必ず起こる話だからなんだろうね。
しかも、本の中にもあったけど、街の中で出会う人で、身寄りのない人がいても、母親から生まれなかった人はいないわけで、ごく当たり前のことなのに、すごいことだなって今更思った。
ひとりで生まれて、ひとりで育って、ひとりで生きてるような顔をしてる私もそうだった。育児放棄されようが、捨てられようが、母親から生まれなかった人はいない。
母親ないし父親に抱っこされた覚えもなく、保育園の時から弟とふたりで寝てた私は、時々まちがえる。生まれてから放っておかれて、勝手に育ったみたいな勘違いをする。
でも、父が養育費を払ってくれてたり、母がそれなりに水っぽい方向だとしても稼いだり、知らぬ男に貢いで騙されて取られたり…したのは余計だけど(笑)とにかく、私が給食費をちゃんと払えていたのとか、友達とクレープ食べたりできていたのは、まぎれもなく両親のおかげだった。

とはいえ、うちの母はマー君のオカンとは相当違う。対極といってもいい。自分のことしか考えず、子供のことも顧みなかった。共通点があるとすれば、夫が家にいなかったことくらいだ。オカンのとこは離婚じゃないけど。
私は今、自分を不幸とは思ってない。思春期は女子高に行ったせいか、周りがなまじ裕福なお嬢様っぽい人が多かっただけに(片親の人すらいなかった)なんともいえない劣等感というか、最初からなかったものへの喪失感はハンパなかったです。
両親そろってる人が全員幸せとは思ってないけど、進学できなかったり、親子喧嘩すら満足にできなかった私としては、へんな後ろ暗さがあった。
でもそれが悔しかったのか、毎日顔を合わせるわけでもない、何なら見知らぬ人が見てるであろうウェブ上にいろいろ書けるようになるまでは、私は誰にもその劣等感を言えなかったし、見せるつもりもなかった。
なんか、よくわからぬ見栄だった(笑)。私にはどうもそういうところがある。ウェブとかメールではいくらでもココロ的にしんどいって言えるのに、実際顔を合わせるとバカなこと話そうとしてしまう。うぜええ(・∀・)。たぶんそれも私の危険回避なんだろうねー。常に逃げ。

でもいまだに、家族とすごく仲の良い友達が何人かいて、そういう人のそういう話を聞くと、心底うらやましいって思う反面、心のどこかで「何でだろう…」って思ったりもする。
何で私んちはあんなメチャクチャだったんだろって。でもうちよりめちゃめちゃなことになってる家庭だっていくらでもあるってもちろんわかってたよ。大体自分が一番不幸だなんてドラマチックなこと、思春期にだって思わなかったw

いま幸せだって言えるのにはちゃんと理由がある。
私には帰る家がある。帰る部屋はもうないかもしれないけど(笑)
でも私も子供のころなぜか町内で引っ越ししまくって、7年で4回住所変わったので、当時はマー君同様「帰るところがない」気がしてたよ。
オトンほどイカれてない父もいるし(むしろまじめ)お母さんとはたぶん一生呼べない若さだけど、母親ですって紹介できる人もいる。
実母には申し訳ないけれど、子供心にお母さんを見られるのがいやだった。だって昼でもデフォルトで酔っぱらってるし、シモいこと平気で言うし、まず話がまともに通じなかった。ある意味、マー君のオトンに近い(笑)。玄関をけ破ることはなかったけど、アパートの階段から転げ落ちたり、小火を出しそうになったり、酒乱っぷり強烈。
いま思い出すとマンガみたいでも当時は全然笑えなかった。でも大人になるとたいていのことがネタになるよねー。
ありがとう、おかあさん。

もちろん、実母には実母の事情があったんだろう。今となっては確かめようがないけれど、察することくらいはしようと思う。一歩間違えば私もああなってた。
お酒弱くてよかった(父似)

ドラマと小説は、大筋は同じだった。思いのほかに恋愛要素が少なくてびっくりしたけども。彼女なんて、名前もちゃんと出てなかったのでは。あの微妙なリアリティのなさ(彼女と家族の関係やら)はフィクションだったからなのだろうか。
月9だからってわざわざ足された要素だったのか、はたまたそういうエピソードも盛り込まないと連ドラにならなかったのか知らないけど、本読んだらますます要らなかったような気がした。形見の指輪を返すのとか、何でそうしたんだろう。とはいえしぬほど泣きながら見たけどね、ドラマ(笑)

全部で450ページくらいあるんだけど、私は315ページあたりから泣いてた(だ、だって。笑)
私にはそんなオカンはいなかったのに、ものすごく話の中に入り込んで、最後に「リリーフランキー」の文字を見て一瞬どなた?と思ったほどだよ。
だって『ボク』か『マー君』か、せいぜい『中川君』だったからw

お母さんじゃなくても、肉親の死にいつか遭遇するっていう立場で生々しく感じられたのと、それとは別に、今更どうにもならない、取り返しのつかない、自分にはお金を積んでも何ともならぬ『自分だけのオカン』っていう存在に悔しいくらい憧れた。マー君うらやましい!
私を生んでくれた人が心を病まず、順当に年老いてたら、あんなに社交的ではなかったにせよ、似たようなおばちゃんになってたはずだ。一緒にいて、小言くらってめんどくさいなと思いながら、時々この人が私を生んで、育ててくれたんだ…ってかみしめて、生きてる時誰もが何度かは感じるであろうヘンな孤独感の慰めにもなったかもしれない。
そこにはいろいろな可能性があって、だけど、私がいまどんなに努力しても手に入ることはない。
そういう思いがある限り、私はいつまでもちゃんとした大人にはなれないんだろうなって思うし、がっかりする。
家賃払って、税金払って、飛行機にも乗れて、たいていのことをひとりでできたとしてもだ。できないこともたくさんあるけどさ…
ただ、やっぱり私は子供じゃないので「自分が母親になったら」って、とても生産的な想像をしてみることができる。
マー君のオカンのような人になりたい。
そして、実家にいる、私といると姉妹にしか見られない、育ての親のようにもなりたい。母性とは違うけど、私に、将来いるかわからぬ伴侶より先に、血のつながらない人と家族になれるっていうことを教えてくれた人だ。
そう、オカンは義母に似てる。寝る間を惜しんで働いて、自分のものは全然買わず、ヘンなバッグ持ってたり、弟のお下がり着てたりする。明るくて、社交的で、ごはんがうまい。
ああっホントにすごい似てる!←今更

子供のころは「親」とか「先生」っていうジャンルの大人は、何やら絶対的な力を持ってる気がしてた。そういえば、小学校高学年になったとき、私は普通に暮らしてたつもりだったのに、担任のM先生に呼び出されて「家で何かあるんじゃないか」って言われたよ。先生ってすごいんだなってその時思った。まさにそのころ家では、母はお酒を飲んでなくても素面の時がなくなり、プチヤンキーになった弟は先に父の方に引き取られたばかりだったから。
ただし、ものすごい気分屋の先生だったので、機嫌悪いと常習犯でもないのに、年に一度の忘れ物をしただけでゲンコツされた。普通に痛い。
今だったら立派な体罰教師なんだろうけど、学校をナメてるような悪ガキも先生にはビビってたよ(笑)

でも大人になると、年老いた親が、自分と同じ人間なんだって当たり前のことを知る。
M先生だってきっと、寝れない夜とかあっただろうし、学校辞めたいって思ったこともあったかも。小学生なのに妙に人生捨ててる私みたいな微妙な生徒をあてがわれて、どうしたもんだろって迷ってたかもしれない。
記憶にある限りの母はすでにアル中だったけど(さすがだ)いくらなんでも妊娠中はそんなには飲まなかっただろう。弟のときは油断したのか、煙草吸ってたせいで少しだけ問題が出て、保育園上がる前に手術してたけど、初産だった長女の私は五体満足だから。子供のころの写真を見てもガリガリってことはないし、いいもの着せてもらってる。でもたまに阪神タイガースのシャツ着てる(父の趣味)
母は私を生み、ある程度は育ててくれた。

私には何故か子供時代の写真がほとんどなくて…とはいえ両親のコなのは間違いないですよ。悲しいくらい父親似ゆえ(´д`)
とにかく、だからかわかんないけど、自分が赤ん坊のときどうだったか、あまり考えたことがなかった。
だけどドラマ「東京タワー」の主題歌だったコブクロの「蕾」を聴いてるとき、すっごく根っこから思い出そうとしてしまうのね。思い出すも何も、半ばねつ造なんだけどw
小説に「5月」というキーワードが何度か繰り返し出るからか、歌の中にも「5月の美空は…」って詞が出てくるのだけど、奇しくも私は5月生まれ。
なぜか分からないけど、ライブ中その単語で急に、ふっと見えたのです。あっスピリチュアル系じゃないですヨ!
さっきも書いたけど、まったくもって妄想なんだけど(笑)少し若い頃の母が、壁が黄色くなった病院の窓際に立って、産着にくるまってる私を抱いてるところ。
窓には青すぎない空が映ってて、でも母は私の方を見てるっていう構図。こうだったらいいなと思ったかもしれないし、あながちありえない話じゃないよね。
なんかわからないけど、私こんな→(-Α-)カオで寝てる(ゆるい赤子)
なんかもう、その妄想だけで生きていける気がした。私はちゃんと望まれて生まれてきたんだって。どうにも様子のおかしい母だったけど、その時はきっと私のこと愛してくれてたんだろうって。五体満足に生んで、育ててくれたっていうのは私の妄想じゃないわけだよね。

余談ですが、毎回ライブで「蕾」を聴いてる間、泣こうが泣くまいが、息の仕方が分からなくなってめちゃくちゃ苦しくなるのです;あれはいったい何故…どんなに爆泣きした時だってあんなふうにはならないのに。酸素急に薄い!みたいな。極力普通に呼吸してるように見せかけてるけど、相方さん、ちょっとハァハァしてても気にしないでね(笑)

実母を格別憎んでたわけじゃないけど、感謝する心は忘れてたかもしれない。マー君みたいに、亡くしてから色々悔やむかもしれない。
きっと15年ぶりに会いに行ってもドラマみたいな美談にはならない。泣いて抱き合うとか絶対ありえないんだろー。
そもそも会うには義母から居場所を聞かないといけないわけで、それはやっぱりできないけど、つらい思いをせずに生きていてくれるといいなって気遣うことはできるようになった。
母子手帳もへその緒も、何なら写真のたぐいだって残ってなくて、母の顔はだんだん朧げで、もうちゃんとした声は思い出せない。死ぬ気なんかないのに自分で手首を切って、深く切りすぎたときの悲鳴だけは今でも忘れられなくて、思い出してしまうたびに怖いものが近くにあるような生きづらさを感じてたけど、きっとそれもだんだん薄くなって消える。
私と母をつなぐものが何ひとつ無くなっても、過去が自由に変えられるドラえもんの道具みたいなのが発明されない限りは、私を生んだ人は一生変わらない。
生まれ変わったらもう一度…とは正直思えないけど(笑)今更過去を変えてくれ、とも思わない。
これってすごい進歩だと思うんだけど。
そんなことを考えさせてくれたマー君ありがとうー。

マー君というかリリーさんが、作中ときどきものすごい毒を吐いてるよね。至極まっとうな毒。
対象は、オカンが亡くなった直後に原稿をくれと言ってくる会社の人だったり、箸の使い方がオカシイと指摘してくる女性だったり、ボッタクリの葬儀屋だったり。
私は全部に同感したし、原稿のくだりでは私も悔しくて涙が出た。
リリーさん口汚いけど(笑)間違ったこと言ってない。違う意見の人はいるだろうけども。
特に私は、お箸のことが心に残った。
何しろ私もお箸の持ち方ヒドイのです。よくそれでつかめるね!って言われるし、ついでに鉛筆もおかしい。字も汚い。
だけど子供のころ誰にも箸使いを直されなかったから、私もオカシイって人に言われるまで気付かなかった。もちろん「ちゃんとしつけてくれなかった親が悪い」なんていうほど子供じゃないですよ(´ω`)
こないだまでやってたドラマ「わたしたちの教科書」で、両親のいない子が、箸の使い方のおかしさを指摘されるのが恥ずかしくて、誰かと一緒に御飯食べれなくなったっていうエピソードがあった。
私は全然そう思わずむしろネタにしてるフシもあるけど、でもその子が、箸使いの悪さ=育ちの悪さって言われてるようで恥ずかしい、みたいなことを言ってたのはすごく理解できた。
そうかも!ってにわかに思い始めた。めったにないけど、たまに指摘されたとき微妙に感じる恥ずかしさはそれだったのかもー。
彼女も私も被害妄想にとらわれてるだけなんだけど。
もうそれは早生まれの子が感じるようなのと似てて、スタートラインが違うから、としか言いようがない(笑)
そもそも誰もそんな回りくどい嫌がらせはしないし、まず何より、そんな友達とは付き合ってないです。
あと、マー君はものをちゃんとつかめてるからいいけども、私はオカシイって言われだしてから意識しちゃうのか、よりいっそううまくつかめなくなった;
だから私はマー君とは違って、箸の持ち方は直したい。だって不便だし、ご飯食べてるだけなのに指ツリそうになるっていったい…。致命的。
友達に「ミラクル矯正箸」をもらったんだけど、ご飯食べるのめっさ時間かかって泣きそうになった32さいの夜。奇跡よ起これー!

いかん、読書感想文なのにハシの話してる(笑)

最後に、この本めっさ読みやすかったです。途中泣いてメガネが濡れて読みにくくなったけど、そういうことじゃないw
マー君の一人称だからっていうのもあると思うけど、相性ってあると思うんだよね。文のリズムが気持ちいいか、そうじゃないか。どんなにおもろい本でも、リズムが合わないと最後まで読むのがつらいのです。
後半は泣きっぱなしかと思いきや、泣きながらふきだすようなところもあったり、前半はさらに吹いてたりして、リリーさんの文章かなりハマりました。
そういえば挿絵的に、一枚だけイラストがあったよね。おでんくんとかはよく分かんないけど(あたしンちのお母さんみたい)線が泣いてるみたいに見えてよけい泣けた;
それにしても久しぶりに瞼が痛いくらい泣いた。
泣いたらおなかもすいた。すこやかだ。
すこやかに生んでくれたお母さん、ありがとう。
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